今まで生きてきて 自分の存在を否定されたのは初めてだった
日常
「だーから!!!俺は紀之介じゃなって何度言えばわかるんだーーーー!!!」
本日何度目になるかもわからない怒号が店内に響き渡る。
ここは全国に店舗をいくつも抱える有名サロン・ヘアサロントヨトミである。
本店は滋賀の長浜という辺鄙な地に店を構え、東京・大阪・福岡、三大都市を中心に支店を構えている。
なぜ、こんな地に店を構えたのかははっきり言えば店長・羽柴秀吉の気まぐれである。
投資者の大手金融会社代表取締役・織田信長の支援により、企業展開真っ只中の発展途上の店である。
「わー!!!ちょ、待ち!!!ドライヤーで殴るのはなしやって!!!」
店の店員は約8名。しかし、経理担当の竹中を見た者は少ない。
スタッフは店長の縁者も多く、経理不在の今は副店長の秀吉の妻・ねねが実質経理を担当している。
ある意味アットホーム。ある意味閉鎖的。
そんなヘアサロントヨトミ本店はなぜか不思議な現象が起こっている。
「今度、変な話してみろ。ドライヤーじゃすまねぇ。パーマ液ぶっかけてやる」
「いやーーー!!!!臭いって!!!!!」
開店前だから客はいない。なので遠慮がなかった。
片手にドライヤー、もう一方にはパーマ液。
まさに不釣合い。カリスマ美容師らしい小西行長と新人の大谷吉継はまさにそんな不釣合いな関係だった。
「おい、いい加減にしておけ吉継」
見かねて止めに入ったのは主任の石田三成。
昔は芸能界の某事務所で歌って踊れるアイドルとやらをしていたが秀吉の仕事に興味を持ち、
相方の真田幸村を捨て美容業界へと足を踏み入れた。
その時の幸村は報道記者にこう語る。
「好きな人と駆け落ちでもしたんですかね」
天然とは怖いもので、これにより三成は報道記者に追い掛け回され散々な目にあった。
間違いのような間違いでないようなカンジではあるが相方より、秀吉を選んだのは事実であり後ろめたさもあった
三成は1年半ほど海外へ逃亡しその後、秀吉の店に入った。
「行長が前世やらなんやらで俺を振り回すから・・・・だから俺はなにも憶えてないし、おまえなんて知らない」
「うぅ・・・でも吉継・・・ホンマになんも思いださへんの?」
「し・ら・な・い!!」
吉継の力強い否定に行長、ヘアサロントヨトミのカリスマ美容師・小西行長は打ちひしがれた。
この店の不思議な現象というのはここに働くスタッフほぼ全員が前世で戦国を生き抜いた武将達の生まれ変わりだったことである。
なんの因果か、それとも秀吉の影響なのか。
店長・秀吉は豊臣秀吉の生まれ変わりで戦国時代の秀吉その人である。
店員は秀吉が主君織田信長に拝領した長浜城主だった時代に近習として召抱えられた面々が自然と集っていた。
主任・石田三成をはじめ、三成が働き出した1年後に加藤清正、福島正則が入り、さらに半年後、岡山支店より小西行長が配属された。
その時すでに戦国時代の記憶を思い出していたのは三成、行長のふたりだけで他のスタッフには記憶はまったくなかった。
その不思議空間を作った秀吉でさえも記憶は全くなく、ねねでさえも持ち合わせてはいなかった。
しかし、ふたりは当時ねねが人気絶頂のアイドルであるにも関わらず、駆け落ち同然で結婚し、今に至っている。
それほどふたりの絆が深かったのだった。
そんなよくわからない店で三成、行長が悶々と過ごしている後に、九州支店より新たにスタッフが配属されることを聞かされた。
すでにお互いが記憶持ちであることを確認し合ったふたりは当然、怯えた。
九州と言えば島津や立花の可能性もあるからだ。
長浜時代に直接関係ないとしてもここはまさに異空間。何があっても不思議ではなかった。
「誰が来ても平然と・・・ぁぁ、無理や〜」
「今更何を言っても遅い。できれば記憶持ちでないことを祈るばかりだ」
記憶が合ってはまわりも不思議がり、二人を問い詰めることは必須。
できればそれだけは避けたかった。
「九州か。一体いつになったら紀之介と逢えるのか」
「ホンマ、何やっとんねん。アイツ」
この店で長浜時代を過ごした面子で未だに現れてないのは大谷吉継だけであった。
吉継は三成の親友でもあり、行長の恋人でもあった。
ふたりにとってこの吉継が未だに現れないのは不思議でしょうがなかった。
「早く、逢いたいわ」
「ホントだな」
九州から配属されるスタッフの話を聞いてから1ヵ月後、その噂の新人が現れることとなる。
その日、行長は人身事故により、路線が遅れ遅刻だった為、新人のあいさつに間に合わなかった。
「みんなぁ、今日から一緒に働いてもらう大谷くんよ」
ねねが朝だというのにウキウキと陽気に紹介する。
こういった面倒見のよさは昔から変わらなかった。
しかし、三成はウキウキどころではない。
むしろダラダラと冷や汗を流し焦っていた。
「九州支店より配属されました大谷吉継です。よろし・・・」
「すんまへん、遅れました!!!!!」
バァン!と勢いよく店の扉を開き、吉継の言葉を遮ったのは紛れもない遅刻した行長であった。
「いや〜人身事故とかマジ焦るわ〜。まったく朝から日本は憂鬱やね〜。死にたいなら寝静まった夜にしろってんや」
ふざけてるのか切れているのかわからない関西弁を振りまきながら行長はスタッフの集まっているフロアに歩み寄り、そのまま更衣室に向かおうとした。
「はいは〜い、行長♪遅刻の時は如何なる事情があれど」
「かならず連絡しま・・す!!!!!!」
更衣室に向かっていた体をねねにおもいっきり耳を掴まれ、行長はその場に倒れこんだ。
「よろしい♪んじゃ罰として新人くんの面倒見てあげてね〜」
「んな!!!な、なんで」
「は〜い、連絡が遅れたら」
「処罰に文句は言いません!!!!!」
今度は耳を左右におもいっきり引っ張られ行長はなみだ目になりながら懇願した。
これがヘアサロントヨトミの方針である。
どんな履歴を持っていようがどんな格好をしてもかまわないが社会のルールやマナーは守ろう、これが鉄則。
それを従順に従うのはすべて副店長ねねの鉄槌が怖いゆえである。
これには秀吉ですら逆らえなかった。
「大谷くん♪これがまぁウチの方針だよ」
「はぁ」
「副店長、叱責はそれくらいにして、大谷さんの紹介の続きを」
呆然とする吉継に助け舟を寄越したのはメイク担当の加藤清正であった。
清正は戦国時代の加藤清正の生まれかわりであるが記憶は持ち合わせていなかった。
過去、三成を想い三成を憎んだ彼は生まれ変わり、また三成の目の前に現れた。
三成自身、前世に清正に想いを寄せた時期もあり、この再会により再び清正を想うようになる。
結果、清正と三成は互いに想い合うようになり、半同棲的なところまで進んでいた。
しかし、依然清正の記憶が戻ることはなく、三成自身は無理に思い出すことはないと考えていた。
「え〜っと。大谷吉継です。九州支店から配属となりました。よろしくお願いします。」
吉継はさきほどより一層笑顔を振りまき店員を眺めた。
が、その後鬼の形相となり、本性を表すなど誰もこの時思いもしなかった。
「おおたに?」
「はい、大谷・・・ですけど」
「紀之介ぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
「ぎゃーーーーー!!!!」
吉継の名前を聞き返した行長は相手が細身であることも忘れておもいっきり抱きついた。
当然、吉継は支えきれず後ろに倒れ掛かったがそれを行長が抱き上げ、後頭部を打ち付けるのは免れた。
が、吉継は状況を把握していないが行長は吉継を腰から抱え上げている状況である。
周りは一瞬、凍りつき絶句した。
「やっと、やっとや!!!紀之介ーーーーーー!!!!!」
抱き上げた吉継抱えながら行長はその場をクルクルと廻り、まさに王子と姫を彷彿とさせる光景である。
周囲は何故か背景に真っ白な城と華やかなバラが舞う光景が目に浮かんだ。
「なんで、九州なんかにおったん?あーもう岡山とは目と鼻の先やん!なんで気が付かなかったンやろ。
しかも同じ店繋がり。これはもう運命やな!ああ、デウスさま!俺と紀之介を出逢わせてくれてありが・・・」
「俺は紀之介なんて名前じゃねーーーーーー!!!!!!!!!」
行長がメルヘンワールドにトリップしている中、吉継が現実に戻り、手痛い頭突きをかわした。
ドゴンという鈍い音と共に回転は止まり行長は頭から落下した。
吉継はというと瞬時に行長の腕から脱出したのか無傷で着地した。
「ぉぉぉ、吉継・・・相変わらずじゃの」
田舎臭いしゃべり方で即座にツッコミをいれたのは同じく、九州支店から移動してきた正則であった。
昔の同僚・吉継は九州時代、とにかく正則に暴力を奮いそのおかげでMに目覚めた正則は吉継に心酔しきった。
「相変わらず、きれいじゃの〜」
「あっはは、黙れ」
きれいやらかわいいやら女みたいという言葉は吉継にとって鬼門であった。
その事を忘れていた正則は数年ぶりともいえる吉継の拳を痛いほど味わった。
新人に打ちのめされる2つの屍が店内に並び、店内はまさに戦場そのものであった。
たが2つの屍はやたらうれしそうなのが気持ち悪い。
「まぁ〜元気なのが何よりだね♪」
その日の朝のミーティングは、これにて終了したがその日から、吉継と行長による長い長い恋のバトルが勃発することになるとは周囲は予想だにしなかった。
ちなみに、吉継と正則の恋のバトルも始まるわけだがこれは恋というより女王さまと犬の関係なのでその主従関係は一向に平行線のまま動くことがなかった。
続く