痛みを訴えたのは一体 どちらだったのだろうか




冷たい花





関ヶ原の決戦から早数日が過ぎた。
数々の猛将が討ち取られ、散った。中には敗走した者も多くいるらしい。
気がつけば清正は東軍に属し、黒田如水と共に九州の西軍方の城を攻め、その中の一人である行長の宇土城を落とした。
東軍に属したことに遺恨はない。世の流れに逆らうほど清正は浅はかではなかった。
それに西軍の指揮官石田治部少輸三成の傍らには島の左近がいる。
もう己は三成に必要ではないと悟った。
しかし、左近は死んだ。いや、三成を逃がす為に、関ヶ原の地に留まり、忽然と 消えた。
清正は心の中で激怒した。誓いなどお互いたててはいない。
だが、清正は左近に三成を託し、また左近もそれを判っていた。

「石田三成に過ぎたるものが二つあり。 島の左近と佐和山の城。・・・・どちらも失ってしもうたな」

島もいない。佐和山城も落城した。
清正は九州を平定し、戦後処理も程々に済ませ、関ヶ原へと駆けた。
途中、佐和山が落ちるのを遠めで眺めた。
一度も登城などしたことなどなかった。
それほど三成と清正は親しくなかったのだ。
今更だがそれを清正は痛感した。
轟々と音を上げ、火を噴く三成の城はまるで狐火で城を守るようだと清正は思った。
佐和山の狐。そうまるで狐だ。
「化かすのは狸のほうが上手か。」
清正はそう嘆くと馬の腹を蹴り、佐和山を後にした。

(もう帰るとこなど、ないと知ったらアイツはどうするであろう)


関ヶ原。
天下分け目など言われていたが、勝敗はすぐさま決した。
西軍有利と見られた戦況は長く続かず小早川秀秋の裏切りと共に多くの諸将が寝返ったらしい。
清正とは昔馴染みの大谷吉継はこの地で果てた。
「弔い酒じゃ。紀兄」
吉継が果てたと聞いた場所に清正は酒を掻けた。
思えば昔から吉継には三成との仲を咎められてばかりだった。
自分は邪険にしたことなどなかったがまわりから見ればそうでなかったらしい。
お互い子供らしく口や手で罵りあい、それをみつけた吉継に殴られた。
無意識に頬を撫でる。
吉継は必ずと言っていいほど清正の頬を殴った。
あとから聞いた話では頭は知能を悪くするからという吉継なりの配慮だったらしい。
自然と笑みが零れる。
「あの頃はまだホント餓鬼じゃったの。お前の拳は痛くてかなわんかった」
吉継、幼名を紀之介という。紀之介は子供のころは誰よりも強く、誰よりも優しかった。
紀之介が吉継と改名し、それからしばらくたって主君の秀吉が天下を統一した。
しかし、太平の世は長く続かなかった。
唐入りだった。
清正は当然出兵したが、三成の度重なる秀吉への糾弾により京へ戻された。
それからしばらく経ってからであろうか。
奉行として働いていた吉継が急に倒れたのだ。
清正は伏見に蟄居させられていた為、そのことを知ったのは吉継の病名がはっきりしたときであった。

「紀之介は癩に罹った」
三成は清正の伏見屋敷に来てそう告げた。
「癩・・・・業病にじゃと!?なんでじゃ!?唐に居たときはそんな素振り・・・・」
吉継は清正と共に奉行として何度か唐に来ていた。
その頃は以前と変わらぬ姿で変わらぬ優しさを清正に与えてくれた。
「不衛生な環境。もしくは滞在的なものだったのやもしれぬ」
「そうか」
あまりにも絶望的であった。
清正は三成、行長とは険悪な仲であったが両者と仲がいい吉継だけとは変わらぬ交友を続けていた。
「あまりにも・・・・酷じゃ」
「ああ」
清正はそう嘆くしかなかった。
三成もまた同じであった。
清正は白い羽織に血が滲むほど手に力を込めていた。
三成はそれに気づいていたがただそれを見つめることしかできず、やがて視線を逸らした。
(業とは、なんぞ)
その時、清正は考えていた。
癩とは神仏により断罪された者の罹る病。業病とされていた。
「紀兄になんの業がある」
「業などそんなもの意味などない。病はそのようなものなどからくるものではない」
「なんじゃと!!!!」
清正は三成の胸倉を掴み凄んだ。
清正の手に滲んだ血が三成の着物に染み入る。
「業など!!!!そんなものがあるものか!」
「おまえ!!!」
清正は熱心な日蓮宗信者であり、この言葉は仏を侮辱されたと言ってもいい。
三成を掴んだ右手は力を込めるあまり、予想以上の血を流す。
血は着物の繊維を染め、赤く染みを作り、まるで三成を汚すようだった。
わかっているのだ。頭では。
業など、吉継に無縁のものだ。吉継に業など降りかかるわけがない。
しかし癩は業そのものだ。
肌を汚し、体の自由を奪い、やがて光さえも失くす。
生きていることがまことに業であるように。
清正はさらに腕に力を込めた。
三成は抵抗しない。
力で清正に敵うわけがないと知ってのことか、無抵抗であった。
しかし、口は達者なもので清正の発言を断するのだ。
まるで言葉しか抵抗力を持たない者のように。
清正は止まらぬ三成の口を塞ぐように頭を畳に叩きつけ、三成の自由を奪った。
「業など、業などという言葉で済ませれる程、俺はできていない」
頭が朦朧としたのか三成は頬に涙を流した。
自分の痛みなのか吉継に対する涙なのか清正は知らない。
しかし泣かせてしまったことは事実であり、今現在自分が三成を押し倒している事実に気がついた。
血がついた右手で三成の頬を撫でる。
血と涙が混ざり合い、三成の唇に流れ込む。
(俺の血は三成に飲み込まれてしもうたか)
冷静にそう思った。
血と血が混ざり合うことは決してない。
子供など作れぬ。
それが三成と清正とを隔てる壁であった。
いかに押し倒し自由を奪おうとも、行為に及ぶ意味などなかった。
衆道の契りを結ぶには親交が薄すぎた。
意味を成さぬ行いなど清正にとって空しいだけであった。
(どれほど近くとも三成は遠い。どれほど求めても三成には近づけぬ)
血と涙が混ざり合い、契りが生まれればいいのにとも思った。
「もう何を話しても無駄じゃ。出て行け」
清正は三成から体を離し、部屋を出た。
三成はそのまま横になったまま、暫し涙を流していた。
(清正、お前がわからん)
三成の清正に対する不信感。そして不安。
吉継の病で判りあえると思っていた三成は清正に対し疑心を抱くしかなかった。

(おまえがわからぬ)

続く