二度とお前を傷つけないと誓った日 俺はお前の前から消えた
3
佐吉は頭に白い布を巻かれ静かに寝息を立てていた。
あれから虎之助は一度、鷹狩から戻った主君の元に行き、経緯を話した。
主君は顔を赤くして怒鳴った。
弥九郎は佐吉の為にも今回のことは事故にするよう言ったが虎之助はこれを拒んだ。
これを隠してしまえば、虎之助は以後も佐吉の傍にいることになる。
それではいけないのだ。
もう自分は傍にいてはいけない。
恋慕を自覚してどうやって佐吉の傍にいれようか。
狂気故にいつか傷つける日が来ると虎之助は自覚していた。
眠っている佐吉の頬にそっと手で触れ唇に触れた。
(俺はお前の傍におることはできん)
触れた手は再び頬に触れた。
殴った頬はかすかな赤を帯びていた。
(いつかもっとひどいことになる。俺はお前を傷つけるだけじゃ)
(お前は俺が憎いか)
虎之助の頭の中であのときの佐吉の言葉が繰り返される。
憎しみなどあるはずがないだろうと佐吉に触れながら思った。
その手は雨にぬれ、未だに冷たかったが佐吉の頬もまた血が足りないのか冷え切っていた。
そして、惜しむように手を離し、唇に自身を重ねた。
(最初で 最後だ)
虎之助は恋を殺した。
気持ちを閉ざし、佐吉の言った言葉どおり憎しみを抱くことを決めた。
憎しみで恋慕すら見えないように見せないように。
「俺は二度と お前を 傷つけぬ」
さよならだ佐吉。
それから数年後、虎之助は加藤清正と名を変え、肥後の地を拝領し25万石の大名となる。
対して佐吉、石田三成は近江水口4万石の城主となり、お互いの距離は遠のいた。
あの日の三成の感情など知る由などすでにないに等しい。
あれから清正は三成に対し憎しみを持つように己を促した。
恋慕など次第に薄れるようにただ願った。
三成と話すとき、目を見ないようにした。
三成とすれ違うとき、睨むようにした。
三成もそんな清正を意識し、憎んだ。
これでいいのだと清正は思った。
三成が己を求めなければ自分も求めずにすんだ。
(これでいい)
僅かに残る恋慕と増えていく憎しみ。
これが今の清正の支えであった。
ただ、見守るのみで満たされるのならこれ以上のものはいらないと思った。
(これでいい)
いつか三成に支えができればいいと思っていた。
己が必要でなくなればこのどうしようもない感情から解き放たれるのだ。
それだけを願った。
それは、三成が島左近を召抱える1年前のことである。
4に続く